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2023.11.19

~店先で、ちょこっとおしゃべり~

お試しいただける商品をまとめました、こちらです。


 
「ヤングケアラー」「きょうだい児」という言葉が生まれて、広く専門外の人間にも知られるようになった功罪はあると思います。
 
もちろん、「功」の方が大きいでしょう。
 
学業に差し障りがあるほど家族の世話をしなければならない子の存在がクローズアップされて、支援の手が差し伸べられるようになったこと。これは大きいですよね。
 
家族で抱えきれないほどの大変さに、手を差し伸べるのは人としてあたりまえのことです。そして子どもに犠牲を強いることのないよう支援し、環境整備がなされる社会であってほしいと思います。
 
私が考える「罪」は、ヤングケアラー、きょうだい児という言葉が雑に理解されるようになってしまったことです。その結果、家族の世話をする子や障害のあるきょうだいがいる子には、必ず支援が必要という空気になった気がしています。
 

私自身、知的障害のある弟と妹がいるため「きょうだい児」です。歳が離れていることもあり、小学4年生の頃から妹のオムツ替えやミルクを作ったり、あやしたりしていました。弟の林間学校には、母親が代わりに参加(当時は、特殊学級と呼ばれていた少人数クラスだった)していました。これを「ヤングケアラー」と呼ぶ人がいるかもしれません。
 
でも、私には大変なこともではなく、むしろおもしろがっていたようにも思います。近所の友達を家に呼んで妹や弟の遊んだりしていました。赤ちゃんや幼児は、小学生にとって「おもしろい生き物」なんですよね。友達と無理やり弟を歩かせて、母から叱られたこともあります。このような例もあるということで、お伝えしました。100家族いたら、100通りのスタイルがあるということです。
 
それはともかく、知的障害があってもなくても二人の子を同時に育てるのは大変です。歳の離れた長女が助けることは、あたりまえと思っていました。いまでも、そう思います。
 
家族の誰かが大変な思いをしているのに、「自分は自分」という子に育ってほしいのでしょうか。
 
こんな話を聞いたことがあります。
 
障害のあるきょうだいが入所施設から一時帰宅すると「あの子(この言い方も気になります)が、帰ってくるなら、私はホテルに泊まる」と、きょうだいと一緒に過ごすことを拒む姉。驚いたことに、その家は父親までもが、わが子の一時帰宅の日は他所に泊まるそうです。とても冷ややかなものを感じます。母親(妻)ひとりに障害のある子の世話をさせているわけです。
 
誤解のないようにしてほしいのですが、家族だからめんどうみるのがあたりまえということを言いたいわけではありません。
 
身近に大変な思いをしている人がいるのに、知らんぷりする子に育ってほしいのですかということなんです。これをSNSで書くと、炎上してしまいますよね。なので、言わない人が大勢いると思います。とても微妙なところだからです。
 
新しい言葉が生まれるときに、その定義からこぼれ落ちるケースはいくらでもあります。「ヤングケアラー」や「きょうだい児」は、かなりそれに近いのではないかと思っている「当事者」です。
 

 

 
 

トビラコ店主

 

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小学館子育てサイトHugKumでtobiracoのコミュニケーションゲームが記事になりました。

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