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(昨日、配信のメルマガの記事を再掲します)
障害受容。
読んで字のごとく、障害を受け容れるという意味で使われています。
「あのお母さんは、まだ子どもの障害受容ができていない」
支援者(保育士、教師含む)が、このような文脈で使うことが多いようです。
一般的には、受容するまでのプロセスとして、次のように語られます。
子どもの障害を告知される → ショックを受ける →否認する → 悲しみと怒り →適応(受容) → 再起
ショックを受けてから、さまざまなプロセスを経て、ショックから立ち直る、というものです。
でも、本当にそうでしょうか。こんなにきれいに受容し、立ち直れるものなのでしょうか。
仮にふっきれたと思っていても、何かの拍子にネガティブな感情が押し寄せてきたりはしないのでしょうか。
たとえば、同じ年頃の子の晴れがましい姿を見たときに「障害がなければうちの子だって」。こんな風につい思ってしまう親は少なくないはずです。でも、それがあきらめに変わり、人は人、うちの子にもいいところがあるし、と思い直したりする。
障害を「肯定」する日もあれば、「否定」する日もある。これを表が白で裏が黒のリボンにたとえたのは、中田洋二郎(立正大学心理学教授)さんです。
表の白は障害を認める気持ち。裏の黒は障害を否定する気持ち。リボンを巻き取って縮めたり、ビヨーンと螺旋に伸ばしたりした状態です。
中田さんは発達障害の家族の支援が専門です。障害のある子の親の支援を長年にわたっておこなってきました。さまざまな親をみての結論が、このリボンの話です。
「あの保護者は、障害受容ができている」といったときに、支援する側はまっすぐに伸びたリボンの表しか見ておらず、裏側の障害を否定する気持ちに気づいていないというのです。
障害受容は、順序立てたプロセスではなくて、肯定と否定が共存しているというのが中田さんの考察です。こちらのほうがしっくりきませんか。
そして、最終的には受容するか否かは親に委ねるべきだといいます。
障害受容という言葉のなかに、受容しなければいけないというニュアンスが含まれています。あたかも受容がゴールのように語られます。でも、個人の思いにまで他人がはいりこむことはできません。
リボンの表と裏であり、螺旋なんです。
同じく長年にわたって発達障害の子を支援している作業療法士の木村順さんは「親に、子どもの障害受容の義務なし」とスパッと、気持ちがいいくらいに言い切っています。
専門家の間でだけ使われていた障害受容という言葉が、障害のある子の親も知るようになりました。あふれるネットの情報からこぼれ落ちたのかもしれません。
この言葉が安易に使われるようになって、受容できていない自分を責める親が増えないでほしいと思います。
(参考資料:「発達障害のある子と家族の支援」中田洋二郎 学研プラス)
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