トビラコで販売している「ザフ システム スクール」が生まれるまでに、実は20年という長い年月がかかっています。
開発製造元の村上潤さんは、それまでは椅子とはなんら関係のない、西宮の幼稚園に勤める先生でした。幼稚園に肢体不自由児が入ってきたのがきっかけで、障害児用の椅子づくりの世界に入っていきます。それまではまったくの素人。しかし、素人だからこそ業界の常識にとらわれずに、むしろ常識とされてきたことを疑い、新しい発想で作ることができました。
常識を疑ったら、ラクに姿勢を保てる椅子ができた
背すじピンより、ラクに座れることが大事
今回のお話のポイント
●自分の作った椅子で子どもがラクになれていないと感じ、壁にぶつかる。
●同じ思いの作業療法士と運命的な出会い。
●作業療法士亡き後、実践を受け継ぐ決意をする。
1991年、29才のときに大阪四条畷(しじょうなわて)にて「ひげ工房」を創設。主に脳性まひによる肢体不自由の子どもたちのために、フルオーダーによる椅子づくりを開始した村上潤さんですが、あるとき大きな壁にぶつかってしまいます。しかしそのとき、同じ悩みを抱えていたひとりの作業療法士の方と、運命的な出会いをしました。
「僕の作る椅子で、子どもが少しもラクになっていない」
村上
一時期は本当に悩んでしまって、もうこの仕事は辞めてしまおうかと思い詰めました。なぜなら僕が作った椅子で、本来は子どもたちがラクになるはずなのに、少しもラクになってない。不安定で恐いからかギューッと力が入ってしまったり、ひどいときには倒れてしまったり。作っても作っても、子どもたちの日常はラクになってないやないか、俺はとてつもなく無駄なことしてるんやないか? そんなことを考えていたときに、ひとりの作業療法士の方と知り合ったんです。東大阪療育センターの森田光二さんという方でした。
──その東大阪療育センターというのはどういう施設なんでしょう?
村上
肢体不自由の子どもが訓練を受けるところです。主に、就学前の子どもたちですね。森田さんはそこで子どもたちの訓練にたずさわりながら、偶然僕と同じようなことを考えていた。
当時、というか実は今もなんですが、「座るときは背筋をピンと伸ばしましょう」と言われます。これは「椅子に座るときは骨盤を起こしなさい」ということで、一般的な理論なんです。ところが森田さんも、現場で子どもたちにその方法で座る訓練をしても上手くいかない。
そこで「骨盤を起こして座る」というのは、実は間違いなのではないか? という疑問を抱いて、自分なりに研究を始めていたんです。
──つまり、小学校で習った「背中をピンと伸ばして座りましょう」は間違いだと。
村上
はい。それは日本だけでなく、アメリカやヨーロッパでも同じなんです。ですから森田さんも「骨盤を起こす(背すじを伸ばして座る)という理論では上手くいかない」と同僚のセラピストの方々に主張して、別の方法を説明しても、そんなものはもう白いものを黒だというような話で誰も聞いてくれなくて、「お前はもう一度基礎から勉強し直せ」と言われていたそうです。
でも、森田さんは実際に子どもの療育をする中で、「理論はそうかもしれないが、実際、現象としては子どもはこうした方がラクになるのに」と確信を持っていたんですね。
──一般的な常識とは正反対の考え方だったんですね。
村上
ええ。森田さんは天才肌の人でした。地べたにいる尺取り虫を1時間、「こいつの腹筋はどういう動きをしてるんやろう?」なんて観察するような(笑)。森田さんも自分の考えが誰にも認められない、でもこれはしっかりと理論を構築して論文にまとめなければならないと思っていた。僕が出会ったのはちょうどその頃だったんです。そこから僕たちは意気投合して、というか会う度に僕が彼を質問攻めして(笑)、勉強会と称して夜の10時過ぎから朝の4時、5時まで語り続け、そこで聞いたことを僕は自分の椅子作りに実践していったんです。
ところがそうやって研究を進める中で、出会って3年後、森田さんはすい臓がんで亡くなってしまうんです。そこからはもう自分が現場で、椅子作りを続けていく過程でやっていくしかない。そう思い続け約10年かかりましたが、「キャスパー・アプローチ」というラクな姿勢を保つための理論(詳細は次回の第4回に掲載)にたどり着いたんです。
続く
第4回 9月25日「いい姿勢」のために、筋肉に大きな負荷をかけている
第5回 9月26日不安定になる原因をなくしたら、心の不安もなくなった
戻る
第1回 9月22日 1年間無給で椅子づくりを学ぶ。