トビラコで販売している「ザフ システム スクール」が生まれるまでに、実は20年という長い年月がかかっています。

開発製造元の村上潤さんは、それまでは椅子とはなんら関係のない、西宮の幼稚園に勤める先生でした。幼稚園に肢体不自由児が入ってきたのがきっかけで、障害児用の椅子づくりの世界に入っていきます。それまではまったくの素人。しかし、素人だからこそ業界の常識にとらわれずに、むしろ常識とされてきたことを疑い、新しい発想で作ることができました。

常識を疑ったら、ラクに姿勢を保てる椅子ができた

第5回


不安定になる原因をなくしたら
心の不安もなくなった

「ザフ システム スクール」を見る。
 
 
 
今回のお話のポイント
 
●発達障害の子は体幹が弱くて姿勢が安定しないことがある。姿勢が安定しないと心も不安定になる。
 
●子どもがするすべてのことには、そうする理由がある。
 
●「ザフ システム スクール」は、骨盤を立てずに座れて、お尻が滑り出さない仕組みで姿勢を安定させる。
 
 
──背すじをピンと伸ばして座ることが体に負担をかけるということですが、そのために椅子には背もたれがあるのでは?
 
 

村上

普通は椅子の背に「もたれる」とお尻から上の重さが全てお尻にかかってしまうと同時に、お尻が前に滑り出そうとするので、時間経過とともに徐々にその不安定に耐えられなくなって、腰がどんどん前にずれていきます。「ザフ システム スクール」は、骨盤部にそれより上部の重さを「乗せる」という構造になっているので、骨盤に重さが分散され、そこが土台となって頭が起きやすくなり、胸から上に自然と軸ができ安定が得られるようになります。

 
 


 
 

──健常者であれ肢体不自由の人であれ、骨盤を起こした状態では座りにくいということはわかりました。では発達障害のある子どもが、わずかな時間でも座っていられないのはなぜなのでしょう?
 
 

村上

発達障害で姿勢が維持できない子の多くは、筋力が弱く体幹を継続的に抗重力維持できないために、姿勢の保持が難しいのです。姿勢が不安定だと心も安定せず不安になってしまいます。一般的な椅子だと、先に説明したようにお尻が前へとずれていくので、本来とても不安定なんです。特に今学校で使われている椅子、あれは固くて表面がツルツルして、お尻が滑り出してしまいます。姿勢が安定しづらいですよね。

 
 
──ならば最初からお尻が滑り出さず安定した椅子を作ればいいと。そこでザフシステムスクールは、お尻が前に滑り出さない構造になっているわけですね?
 
 

村上

ええ。一般の椅子でお尻が滑り出すのは不安定だからです。不安定で身体のどこかが辛くなるから滑り出すんです。そこで、「ザフ システム スクール」は不安定になる理由を無くしてしまったんです。不安定になる理由を無くしてしまえば、気持ちが落ち着かなくなる理由も無くなってしまうんですね。
 
僕がぜひとも申し上げておきたいのは、すべてのことには理由があるということです。それをかつては障害があるから仕方ないんだと言われていました。座っていられない子どもは「やる気がないんだ」とか「怠けているからだ」と言われた。でも、僕はどこかに理由があると思っていました。それで行き着いたのが「不安定」ということだったんです。

 
 
座っていられなかった子が
「僕、宿題できたよ」と

 

──ザフ システム スクールはすでに様々な施設や教育現場で使われていますが、村上さんに届いた声の中で、特に印象に残っているものはありますでしょうか?

 
 

村上

とても感動したことがありました。とある発達障害のお子さんたちの施設に納品して、しばらくしてから訪ねてみたんです。小学生の男の子なんですが、施設の先生に「どのくらい座っていられるようになりましたか?」と聞いたら、「座った時間なんて問題じゃないんです」という答えが返ってきました。
 
よくよく聞いてみたら、彼は5分で終わるはずの課題を与えられてもずっとできなかったそうです。それは難しくてできないのではなく、5分間座っていることができなかったからでした。そして何より、そのことに彼自身が自己嫌悪を感じていた、彼は座っていられない自分が嫌だったんです。ところが、椅子がザフ システム スクールだと、普通に座って課題ができたそうです。これで自己肯定感を得たということが、彼にとっていちばんよかった、座れた時間じゃなくて、「僕、やったらできるんだ!」という自己肯定感を持ったことがよかったと、先生が言ってくださった。これはうれしかったですね。
 
 
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──その子にとって、座っていられない理由が無くなってしまったんですね。
 
 

村上

そうだと思います。彼はそれまで簡単な課題も座ってできない自分が嫌だった。
その理由は、従来の椅子だと体が不安定で、それに連動して心が落ち着かなくて、つい立ってしまっていた。
ということなんだと思います。
それが、体が安定して座れれば、座ってできるようになった。
そして、彼は自分のことを好きになってくれた。これが、本当に嬉しい出来事でした。

 
終わり。ご愛読ありがとうございました。
 
第1回 9月22日 1年間無給で椅子づくりを学ぶ。
 
第2回 9月23日「この椅子なしでは座れない」と喜ばれたのがうれしくて、うれしくて
 
第3回 9月24日背すじピンより、ラクに座れることが大事
 
第4回 9月25日「いい姿勢」のために、筋肉に大きな負荷をかけている
 

株式会社アシスト代表取締役、元株式会社ひげ工房代表取締役、NPO法人ポップンクラグ代表理事
村上潤

むらかみ・じゅん 1962年、尼崎生まれ。西宮の幼稚園教諭時代に出会った肢体不自由児の子どもがきっかけで、くらしの工房「楽」に勤務し椅子づくりを学ぶ。その後、関西姿勢保持研究会を立ち上げ、姿勢保持の勉強会や講演会を主宰。

1991年株式会社ひげ工房を設立。主に脳性麻痺の人のためのフルーオーダーの椅子づくりを開始。同時に身体障害児・者及び視覚障害児・者用書見台「チェインジグボード」開発、発表。座位保持装置用木製フレーム「コパン」開発。補助具制度基準に採用される。

1999年株式会社アシストを設立。幼児から脳性麻痺の人たちの福祉機器の開発、販売を全国規模で展開。

2004年、独自の理論、キャスパー・アプローチを講演会などを通じて広める。2017年まで参加者9000名を超える。参加者の6割がセラピスト等の医療関係者、3割が学校、通園施設関係者と専門家の間で高い関心が寄せられている。

2006年、NPO法人ポップンクラブを設立し、ひげ工房で積みあげてきた技術を日本全国に普及させるとともに「豊かな生活を送るためのサポート」活動を行なっている。

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取材・構成・文/東良美季

とうら みき 1958年神奈川県生まれ。編集者、グラフィック・デザイナーなどを経て2000年頃より執筆に専念。著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール』(イースト・プレス)他多数。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』

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岩崎美里

いわさき みさと。フォトグラファー。http://www.iwasakimisato.jp

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