雨がザーザー、猫はニャー、ニャー、ご飯をパクパク。このような擬態語や擬音語、擬声語をオノマトペといいます。
オノマトペは、言語聴覚士の間では、昔から療育のひとつとして使われていたそうです。なぜ、オノマトペなのでしょうか? 
言語聴覚士として長年にわたって、言語(発語など)に課題のある子どもたちにかかわってきた石上志保さんにお聞きしました。
前編は、そもそも「言語聴覚士」ってどんなお仕事なの? という基本的なところから。
 
 


言語聴覚士に聞く、ことばの育て方

前編

言葉のシャワーより大事なのは間(ま)

 

心地よいコミュニケーションのお手伝いをするのが、言語聴覚士

————石上先生がなさっている言語聴覚士のお仕事について、教えていただけますか?

言語聴覚士の主な仕事は、その名の通り、話すこと、聞くこと、そして同じ口まわりということで、食べる、飲み込むことに難しさが生じている方に、より生活しやすくなるような支援を行うことです。

対象者がお子さんの場合は発達を促す支援、大人の場合は、その人が持っていた機能を回復させるためのリハビリ支援が中心となります。子どもと大人では、仕事の内容が違っているかのように思えるかもしれませんが、困難が生じる原因がどこにあるのかを探り、どんな課題があるのか、どうすれば、より心地よく生活していけるのかの道筋を考えるといった作業は、子どもでも大人でも基本的にはほぼ同じなんですよ。機能を高めるという支援も行いますが、今持っている機能で、どれだけ日常のコミュニケーション力を豊かにできるかということにも力を注いでいます。

————コミュニケーションの手段は、言葉だけではないということでしょうか?

そうですね。コミュニケーションって、音声による言葉を交わすことだけじゃないんです。ジェスチャーだったり、手話だったり、絵カードだったり、表情を読み取ることも含めて、その方にとって一番使いやすい手段で、コミュニケーションが楽しく心地よいと感じられるようになるといいですね。コミュニケーションをとることが難しいと、自分の思いをまわりの人に伝えることが困難になります。周囲の人に理解してもらえないことで、思うように行動できない自分に自信を失うことにも繋がってしまうかもしれません。

お子さんと。

実は、効果がない「言葉のシャワー」

————子どもの発語を促すためには「言葉のシャワー」を浴びせるとよいとよく耳にするのですが、言葉だけでは不十分ということですか?

確かに赤ちゃんが話し始めるまでには、たくさんの言葉を耳にすることが必要です。ただし、言葉はただ聞いているだけでなく、真似をして、初めてそれが使えるようになっていきます。真似をするためには、言葉の音をひとつひとつ聞き取っていくことが大切です。

 

石上さんの相談室から生まれた、音の真似がしやすい「オノマトペカード」

私たちが知らない国の言葉を聞いても、簡単に復唱できないことと同じで、一方的に言葉を浴びせかけても、その子がその言葉の音のひとつひとつや、意味を認識できなければ、発語を促す目的としては意味を失ってしまいます。頭の上を言葉が素通りしてしまうような感じでしょうか。

大人は早口。子どもにはうまく理解できないことも

———— 一方的に言葉を浴びせているだけでは、ダメだということですね。

そうですね。シャワーというと、立て続けに話しかけるイメージですよね。もし、仮に聞き取れて真似ができて意味がわかる言葉があったとしても、お子さんが真似をして使うための「間(ま)」がないと、発語を促すことにはなりません。

大切なことは、聞き取れるようにゆっくりはっきり話せているか、そして、お子さんがそれを真似するための「間」が、大人の語りかけの中にあるかっていうことですね。

「間」は真似をするためだけでなく、言葉の意味を考えるためにも必要なんです。思考をめぐらせる時間ですね。ただ、どうしても大人の話し方は、子どもからしたら早口なんですよね。言葉の発達に心配のないお子さんでも、初めて会った人が話す言葉は、うまく理解できなかったりすることがあります。

 

 

オノマトペカードの絵本版。

聞き取ることができても、音を真似することが苦手で発語がなかなかないというお子さんもいます。そうしたお子さんには、特に、ゆっくり、はっきり、真似をしやすいように話すことが必要なんです。そうして、発語の機会がとれるように「間」を取ることも大切ですね。

「ねこ」は難しくても「にゃーにゃー」なら真似できる

———— 「オノマトペカード」で扱われている言葉は、真似がしやすそうですね。そもそもオノマトペって何なのでしょうか? 

オノマトペというのは、わんわん、ごしごしなど、音や動き、様子を表す表現で、擬音語、擬態語のことを指します。いろいろな国の言語にありますが、特に日本語にはオノマトペの言葉が多くて、4000語以上あるそうです。小さなお子さんには、音が聞き取りやすく、楽しくて頭に残りやすく、真似がしやすいということで、療育の現場では、昔からよく使われてきました。

「ねこ」という言葉は真似できないお子さんでも、「にゃーにゃー」なら真似できたりします。さらにオノマトペは、言葉ひとつで状況が説明できたり、意味をイメージしやすかったりするものが多く、とても便利です。ボールが転がる様子は「コロコロ」だけでイメージが湧きますよね。

オノマトペカードより

そんなわけで、療育で関わるお子さんとのセッションでは、視覚からも音をイメージしたり記憶したりしやすいよう、イラストを入れた「オノマトペカード」を手作りして、それを使っていました。

「りんご」と言えずに「ご」になるわけ

—————オノマトペの音を真似することが、言葉の発達によいというのは、どうしてでしょうか? また、一般の方向けの「オノマトペカード」」を作られた理由も教えてください。

発語を促すのに、オノマトペを意識して使うことがなぜよいのかは、言葉を覚えるメカニズムを知るとわかりやすいと思います。

おしゃべりは、まず言葉を聞きとってそれを真似ることからスタートします。その時、耳に入った言葉をすぐに真似る力を支えるのは、ごく短い記憶の力です。そして、お父さん、お母さんが繰り返しその言葉を使っているのを聞いたり、真似したりしているうちに、それが長期記憶に格納されて頭に残っていきます。

ところが、言葉の発達がゆっくりなお子さんの中には、言葉を真似るために必要な、ごく短い時間の記憶が苦手なお子さんが多いんです。例えば、「りんご」のことを「ご」とだけ言うお子さんがいらっしゃいます。「り」「ん」「ご」という3つの音を記憶するのが難しく、耳に入った瞬間に「りん」が消えてしまい、「ご」だけが残った、という状態です。

けれども、オノマトペは音の繰り返しが多いために、記憶しやすく発声もしやすい。こうした言葉を繰り返し聞いたり、真似したりすることで、少しずつ音の真似が素早くできるようになっていくことが多いようです。脳の中の、音を処理する機能を使っていくうちに、聞き取って真似ることに慣れていくんでしょうね。そのうちにオノマトペ以外の言葉も真似をするようになります。言葉の芽を育てていくのに、オノマトペはとても有効だと思います。

カードや絵本にすると、ご家庭でもオノマトペを日常的に使ってもらえる

ただ、私たち言語聴覚士がお子さんたちにこうしたオノマトペを聞かせてあげられるのは、一週間に一度、一ヶ月に一度など、お子さんの生活の中の、ごく限られたとても短い時間です。言葉の発達を促すには、日々の生活の中で、お子さんに聞き取りやすく語りかけていくことが大切なのですが、日常的に意識してオノマトペを使おうと思っても、そう簡単ではないんですね。

元々よく使う言葉や療育で耳にした言葉は使ってくださっていると思いますが、それ以外はなかなか出てこない。きっと、こうしたカードがご家庭にもあれば、お父さん、お母さんも、すぐに使えるオノマトペの種類が増えて、日常的に使ってくださるようになるのでは?と思ったことが、この「オノマトペカード」が生まれるきっかけとなりました。
後編に続く

石上志保さんのオノマトペシリーズはこちら

石上さんの相談室にお子さんと通っていたママのインタビューはこちら

取材・文/仲尾匡代  写真/壬生マリコ(合同会社まちとこ)

言語聴覚士
石上志保さん

いしがみ しほ

言語聴覚士。児童発達支援施設、地域の福祉センター等での小児、成人期のコミュニケーション支援の経験を経て、現在は都内の総合病院の小児科ほか、地域のクリニックで言語聴覚療法に従事。ダウン症のある息子との生活経験を生かし、くらしの中で言葉の力を育てる方法について検討を続けている。

企画・監修に「ことばを育てるオノマトペカード あいうえお編」「同 ぱぴぷぺほ編」(ともに、合同会社まちとこ)、『ことばを育てるえほん あいうえオノマトペ』(河出書房新社)、オノマトペ監修に『音でよむ昔ばなし1 ももたろう』『音でよむ昔ばなし2  3びきのこぶた』『音でよむ昔ばなし3 うらしまたろう』(いずれも 文響社)、共訳に『きょうだいにダウン症のある人のための短期集中コース シートベルトをしめて発進しよう!』(三輪書店)、『世界ではじめてのこどもホスピス ヘレンハウス物語』(クリエイツかもがわ)などがある

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