中村杏子さんの息子さんは、自閉スペクトラム症。幼い頃、石上さんの言語指導を受けていました。「オノマトペカード」が製品化されて世に出たのも、中村さんに石上さんが相談したことがきっかけです。
言語聴覚士に聞く、ことばの育て方
息子の興味に寄り添ってオノマトペで語かけた石上先生
たくさん話かけても反応を示さなかった息子。
石上先生は、息子の興味に寄り添ってオノマトペで語りかけました。
——— お子さんのことを教えていただけますか? 石上先生との出会いはどのように?
どんな言語指導を受けたんでしょうか?
息子は現在小学3年生で、公立小学校の特別支援級に通っています。3歳で自閉スペクトラム症の診断がつきました。1歳半健診で、言葉が出ていない、指さしをしないことなどから経過観察となり、臨床発達心理士さんの面談を経て、2歳になる直前に石上先生の言語指導を受けることに。月1回、約一年間お世話になりました。
先生の言語指導は、目から鱗の連続で、私の、息子への語りかけ方を大きく変えるきっかけとなりました。それまでは、(臨床発達)心理士さんから、言葉の発達を促すために「たくさん話しかけてあげてくださいね」と言われていたので、目についた物を片っ端から「ほら、青い車が通ったね」「犬が吠えているね」「電車だよ!」など、まるで実況中継のように語りかけていたんです(苦笑)。
他にも、名詞カードや図鑑を見せて、物の名前を教えようとしたりもしました。けれどもそれらの語りかけに対し、息子はまったく興味を示してくれませんでしたね。「こんなに語りかけているのに、全然反応がない。いったいどうすればいいんだろう?」と途方に暮れてしまって……。
今ならわかりますが、それって、私の視点で見えている世界を言語化して、一方的に押しつけて話していただけだったんですよね。
石上先生から発語のメカニズムを聞いて、モヤモヤがスッキリ
——— 具体的にどんな点が、目から鱗だったのでしょうか?
石上先生の息子への語りかけは、まずアプローチのやり方がまったく違いました。息子の様子をじっくり見て、彼の興味に寄り添って、それを子どもが聞き取りやすい言語(オノマトペ)で、入れてくれたんです。
例えば、息子がボールを転がすことに夢中になっている時に、私だったら「ボールが転がっているね」と言っていたところを、「コロコロ」とボールが転がるさまを言ったり、ボールが跳ねたら「ポーン」と言ったり。「こんな話しかけ方があるんだ!」と衝撃でした。大人が一方的に教えたいことを教えるのではなく、子どもの興味に寄り添って、子どもが聞き取りやすい言葉(オノマトペ)を使って語りかけた方が入りやすい、ということを知りました。
それから、これは親の側の気持ちについてなんですけど、当時は「どうして言葉が出てこないんだろう?」って、すごくモヤモヤしていたんです。その頃、息子が話せていたのは、例えば、「でんしゃ」は「しゃ」だけだし、「りんご」は「ご」だけ。「なぜ語尾だけしか言えないんだろう?」って不思議に思っていたのですが、石上先生から、発語のメカニズムや、息子が聞き取った言葉を頭の中でどう処理をして表出しているか、などを専門的な視点で解説していただいて、すごく腑に落ちました。
例えば「でんしゃ」の場合、息子の頭の中では最初の「でん」の音が抜けてしまい、残っているのが最後の「しゃ」という音だけだから、「しゃ」と言っている状態だ、と。そして、これは私たち大人も同じで、「初めて聞く外国語を正確に聞き取ってマネするのは、大人でもむずかしいですよね?」と、自分たちの身に置き換えて解説してもらえたので、すごく納得できたんです。だから、息子のことも「聞き取りがむずかしいのに、彼なりに頑張ってるんだ」と思えるようになり、無理に正しく発語させようとしなくなりました。
発語したくなる環境作りの工夫を
——— 話すのが嫌いになられたら、困りますもんね。他にも指導で覚えておられることはありますか?
息子の場合は、障害の特性柄、コミュニケーションのモチベーションが低かったので、子どもが発語したくなる環境を作ることを教えていただきました。
例えば、当時、息子は体をくすぐられることがすごく好きだったのですが、何度かくすぐったら一度それをやめてみる。すると、息子は「もっとやってほしい」ので、なんとか私にそれを伝えようとします。でも、伝え方がわからない。そこで、私が指をたてて「もう一回?」と尋ね、息子が「…かい!(もう一回)」と言葉を発したり、言葉が出なくてもジェスチャーで指を立ててきたりしたら、リクエストに応えてくすぐってあげる。そうすることで、息子は言葉やジェスチャーで自分の気持ちを相手に伝えるメリットに気づいていったようです。
発達に支援が必要な子たちの多くは、自分の気持ちや要求を人に伝えるのが苦手なので、この「もう一回?」とリクエストを引き出すやり方は、コミュニケーションを学ぶのに有効だと教えていただきました。
———「オノマトペカード」を製作することになったいきさつは、お子さんがきっかけになっているのでしょうか?
息子が石上先生のところで言語指導を受けていたときは、オノマトペ自体はたくさん使われていましたが、絵カードはまだ使われていなかったんです。
最初、先生はフリー素材のイラストを使用して手作りで絵カードを作っていらっしゃったのですが、フリー素材のイラストだけだと、使いたいオノマトペにあったイラストを見つけるのが大変だったそうで。それで、オノマトペの絵カードが作れないか、と相談を受けたんです。
そこで調べてみたところ、製作には数百万レベルの経費がかかることがわかり、まちとこ(所属している合同会社)のみんなに相談したところ、「クラウドファンディングで資金を集めて作ろうよ!」ということに。ありがたいことに賛同してくださる方々がたくさんおられて、すぐに目標額に達することができました。
今、息子は8歳になり、普段の生活でコミュニケーションに困るということはあまりなくなったので、絵カード自体を使うことはあまりないのですが、これが小さい頃にあったら、あそびの幅が広がって楽しかったろうなって思います。今は、時々、裏面のひらがなの面で、お姉ちゃんと一緒に言葉を作ったりして遊んでいます。「オノマトペカード」の使い方に決まりはないので、手にした方のアイデアで、楽しく遊びながら使っていただきたいですね。
石上さんのインタビューは、こちら。
石上志保さんのオノマトペシリーズはこちら
取材・文/仲尾匡代 写真/壬生マリコ(合同会社まちとこ)