トビラコで販売している「ザフシステムスクール」が生まれるまでに、実は20年という長い年月がかかっています。

開発製造元の村上潤さんは、それまでは椅子とはなんら関係のない、西宮の幼稚園に勤める先生でした。幼稚園に肢体不自由児が入ってきたのがきっかけで、障害児用の椅子づくりの世界に入っていきます。それまではまったくの素人。しかし、素人だからこそ業界の常識にとらわれずに、むしろ常識とされてきたことを疑い、新しい発想で作ることができました。

常識を疑ったら、ラクに姿勢を保てる椅子ができた

第4回


「いい姿勢」のために、
筋肉に大きな負荷をかけている

「ザフ システム スクール」を見る。
 
 
今回のお話のポイント

●座ると骨盤は自然と倒れる。骨盤を起こすと偏った筋肉に負荷がかかる。

●人は筋肉にかかる継続的な負荷を無意識に逃している。足を組むのもそのひとつ。

●人は立っている時に、絶妙な筋肉の長さ配置、張力によって骨格構造が安定する。
 
 
「キャスパー・アプローチ」で、
これまでの常識を覆す。

 
 

作業療法士の森田光二さんとの運命的な出会いから10年、村上潤さんは2004年に京都で行われたコミュニケーション器機の学会、「ATACカンファレンス2004」で「キャスパー(casper)・アプローチ」理論を発表します。
 
 
キャスパー(casper)というのは
caput=頭
axis=軸
skeleton=骨格
proportion=均整
enjoy=楽しむ
relax=リラックス

ラクな姿勢を保つためのキーワードの頭文字をとったものです。

村上

僕はお医者さんでもセラピストでもない単なる椅子作りの職人。そんな僕がこんな発表をしていいのだろうかと不安もありました。でもビデオが上映され、実際に肢体不自由の子どもたちが僕の作った椅子で楽に過ごす様子が映し出されると、200人近いセラピスト、教育関係者、ドクターからは驚きの声があがったんです。
「もっと詳しく教えて欲しい」という要望があり、その年から100ヵ所以上でセミナーを開き、2006年からは東京を中心に「キャスパー・アプローチ」の初級講習会を開催しました。セミナー・講習会を受講された方は現在(2017年)までで9,000名を超えています。

 
 
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──「キャスパー・アプローチ」理論について、もう少し詳しく教えていただけますか?
 
 

村上

ごく単純に申し上げますと、「キャスパー・アプローチ」とは、元来言われ続けてきた「骨盤を起こして(背すじを伸ばして)良い姿勢を作りましょう」という理論ではなくて、むしろ「骨盤は起こさなくていい」という考え方です。というのは、僕ら健常者であっても、座るとき、実は骨盤を起こしていないんです。でも、見た目では骨盤を起こして背すじをピンと伸ばす方がキレイなので、「そういう姿勢をとりましょう」と言われ続けてきたんです。

 
 
──確かにそうですね。仕事で一日中パソコンに向かっている人は、ずっと背すじを伸ばし続けているわけじゃない。そんなことしたら疲れ切ってしまいますね。

村上

そうです。というのは、僕たちにはその姿勢で座り続けることのできない理由があるんです。人間は元々持っている構造的な理由から、骨盤を起こした姿勢では座らないんです。なぜなら、従来は立っている姿勢をそのまま座位にもっていきましょうと言われていました。そうすると、背すじが伸びて骨盤が立つからです。
ところが実際に背すじをピンと伸ばして骨盤を起こして椅子に座ってみてください。背もたれには1グラムの重さもかかりません。つまりその人の持つ体重は1グラムも免荷(重さを逃がすこと)されず、少しもラクな状態にならないんです。

「人間の体は立っている時に安定するようにできています」
 
 
──なぜ座った状態で楽にならないのでしょう? 座るというのは楽な姿勢というイメージがありますが。
 
 

村上

人間の身体はそもそも構造的に、立っているときに省エネルギー的に安定するようにできているんです。立った姿勢で、重力に逆らってバランスを取るように作られているんです。たとえば、壁に背を付けて立ってみてください。背中は壁にもたれることなく立つことができますよね。
 
そして、その時には何も意識することなく骨盤は立つんです。ところが座ってしまうと、自然と骨盤は傾き背中は丸くなる。これは腸腰筋という、腰椎や腸骨から大腿骨等まで繋げている筋肉があるんですが、これは立っているときにはテンションがかかって、あまり筋力を使わずとも骨盤を垂直に維持できるようになっているんですね。
 
しかし座ると股関節の屈曲姿勢となり、テンションで伸びていた筋肉は自然と緩むわけですから、骨盤は倒れるような仕組みになっている。僕たちの身体そういう構造体なんです。

 


 

座ると骨盤は後ろに傾こうとします

shisei(図版提供:村上潤)

立っている時(左)と、座った時の筋肉の張力の比較(右)。青と赤は筋肉。

左:立っている時の筋肉。テンション(張力)がかかっているので、自然と引っ張られて、意識しなくても骨盤は起きた状態になっています。

右:座ろうとしている時の筋肉。お尻の側が引っ張られて、骨盤は後ろに自然と引っ張られて傾こうとします。お腹の側が緩んでいます。

つまり、こいうことです。

 

骨と筋肉は、下の模型のように互いに連動しているのです。

tensegrity(写真提供:村上潤)
 
上の写真は、人間の体の構造の概念としてよく使われるテンセグリティという構造。テンセグリティというのはTension(張力)とIntegrity(統合)を合わせた造語です。

模型を使うとわかりやすくなります。棒が骨、ゴムが筋肉です。ゴムが引っ張られると棒も引っ張られて、伸びる筋肉と緩む筋肉ができます。これが骨と筋肉の自然な関係です。

骨盤を立てた状態で座るというのは、骨盤と筋肉の自然な関係に逆らっているということです。


 
 
──なるほど、にも関わらず見た目の美しさだけで、立った姿勢をそのまま座位にもっていくことがいいとされてきた。
 
 

村上

座ると骨盤はどうしても倒れようとします。ですから背すじを伸ばした状態で座るには、いくつかの筋肉を継続的に使わないと、骨盤の直立を維持できないんです。でもそこには使い続けてはいけない筋肉も含まれているので、人間は無意識に緩めようとして、腰を前にずらしてみたり、足を組んでみたりするんです。

 
 
──確かにそうですね。人間は座っているとき決してじっとしてない。疲れると身体の向きを変えたり、机に肘を付いたりしますね。

 
 

村上

ええ。僕ら健常者はそれが無意識にできるんです。ある筋肉に負荷がかかりすぎると、別の筋肉を使って逃がしてあげます。でも、障害を持った人にはそれが難しい。にも関わらず、障害を持って元々上手に座れない子どもたちに、言い方は悪いけれど、長年僕たちは押し付けてきたわけです。自分だってその方法では座れないのに。

 
続く

第5回 9月26日不安定になる原因をなくしたら、心の不安もなくなった

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第3回 9月24日背すじピンより、ラクに座れることが大事
 
第2回 9月23日「この椅子なしでは座れない」と喜ばれたのがうれしくて、うれしくて
 
第1回 9月22日 1年間無給で椅子づくりを学ぶ。

株式会社アシスト代表取締役、元株式会社ひげ工房代表取締役、NPO法人ポップンクラグ代表理事
村上潤

むらかみ・じゅん 1962年、尼崎生まれ。西宮の幼稚園教諭時代に出会った肢体不自由児の子どもがきっかけで、くらしの工房「楽」に勤務し椅子づくりを学ぶ。その後、関西姿勢保持研究会を立ち上げ、姿勢保持の勉強会や講演会を主宰。

1991年株式会社ひげ工房を設立。主に脳性麻痺の人のためのフルーオーダーの椅子づくりを開始。同時に身体障害児・者及び視覚障害児・者用書見台「チェインジグボード」開発、発表。座位保持装置用木製フレーム「コパン」開発。補助具制度基準に採用される。

1999年株式会社アシストを設立。幼児から脳性麻痺の人たちの福祉機器の開発、販売を全国規模で展開。

2004年、独自の理論、キャスパー・アプローチを講演会などを通じて広める。2017年まで参加者9000名を超える。参加者の6割がセラピスト等の医療関係者、3割が学校、通園施設関係者と専門家の間で高い関心が寄せられている。

2006年、NPO法人ポップンクラブを設立し、ひげ工房で積みあげてきた技術を日本全国に普及させるとともに「豊かな生活を送るためのサポート」活動を行なっている。

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取材・構成・文/東良美季

とうら みき 1958年神奈川県生まれ。編集者、グラフィック・デザイナーなどを経て2000年頃より執筆に専念。著書に『猫の神様』(講談社文庫)、『東京ノアール』(イースト・プレス)他多数。

日刊更新ブログ『毎日jogjob日誌』

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撮影/岩崎美里

いわさき みさと フォトグラファー。 http://www.iwasakimisato.jp

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