沖縄県在住の平岡禎之さんご一家は、奥さんと2男2女の6人家族。ところがご本人以外の5人全員が発達障害をおもちです。お子さんたちは幼いころはもちろん、成長した現在も、常識では考えられない失敗の日々を送っているそうです。
今回はそんなご家族が上手に暮らしていくための、〝取扱説明書〟を語っていただきました。
先を照らす人の話 第2回
発達障害の家族と上手につきあう 〜平岡禎之
妻と子ども4人
発達障害だった
わが家が普通の家庭と少し違うと気づいたのは今から6年ほど前、2008年のことでした。長女が大学を卒業し、学校の先生をしていたのですが、突然体調を壊したのです。睡眠障害と摂食障害を起こし、数か月で10キロも痩せてしまいました。本人は「ただの過労」と言っていましたが、これはどう見てもおかしいと、無理やり休ませて心療内科へ連れていきました。すると「うつの中期」という診断。「とても働ける状態ではありません」と言われ、休職を余儀なくされたのです。
長女は勉強のよくできる成績のいい子でした。アメリカにも留学し語学が堪能で、音楽の才能にも長け、絵画で表彰されたこともあります。そんな彼女はこの挫折に強いショックを受けました。ただ、元々長女には管理能力が乏しく、たとえば自動車免許の取得にのべ10年もかかってしまうというところがありました。一度受講したクラスを何度も受けてしまったり、技術講習の日時を忘れたり間違えたりしてしまうのです。また、一度熱中してしまうと止まらないという特性がありました。自分の体力的限界を見定めるのも苦手です。結局それで教職に就く中、教材作りなど山のような仕事を引き受けてしまい、ついには過労とうつで倒れてしまったのです。
ほぼ時を同じくして、今度は中学生だった次男が学校でトラブルを起こします。元々自分の物と他人の物を区別するのがうまくできずに間違えてしまうことや、集団遊びでパニックを起こすなどの問題がありました。さらに、人とはあまり目を合わさないし、指示が伝わっているのかいないのかわからないので「大丈夫だろうか?」という漠然とした不安がありました。そのため先生から「教育センターに相談に行ってください」と、強く勧められたのです。
途方に暮れた私はいろいろと専門家の方を訪ねて相談しました。すると、とある教育委員会のベテラン指導員の方から、「息子さんには発達障害があるのでは」と言われました。確かに問題はある子だけれどまさか障害があるなんて? そう半信半疑のまま頂いた資料に目を通した私は愕然とします。
「なんだこれは! 誰かが我が家をこっそり観察して書いたんじゃないか——?」
そこに書かれていた内容は次男だけでなく、長女に長男、次女、と、なんと家族全員に当てはまっていたのです。
すべての原因が発達障害にあったと知った私のショックは、とても大きいものでした。なぜならこの20年、いかに自分が間違っていたことか!
私はずっと子どもたちに困らされているとばかり思っていました。トラブルを起こすのはいつも子どもたち。だから謝りにも行くし学校への呼び出しは日常茶飯事。行方不明になって捜索願寸前なんてこともあった。ところがそれらはすべて脳の気質によるものだったのです。
そんな子どもたちに私はずっと強く当たってきました。「普通の子ができることが、なぜお前たちにはできないんだ!」と、声を荒げときには手をあげたこともあります。けれどそれらはすべて逆効果だった。そう、困って苦しんでいたのは親の私ではなく、子どもたちのほうだったのです。
これに気づいたとき、私は三日三晩眠れずに泣き続けました。そしてこれはもう自分の生涯をかけて解明しなくてはと思いました。私の職業はコピーライター、書く仕事です。ならば自分でこの問題について発信していこうと決めたのです。まずは以前から書いていたブログを模様替えし、家族と発達障害をテーマにしました。妻の提案で我が家をモデルにした絵本を作り、それがやがて2013年に地元紙『沖縄タイムス』に連載するコラムと4コマ漫画、『うちの火星人』へとつながっていきます。
このタイトルも妻の発言をヒントにしたものです。というのも、夫婦で問題に取り組んでいくうちに、彼女自身も自らが発達障害であったことを発見したからです。そしてある日妻は食卓を囲む家族の前で、こう高らかに宣言します。
「私たちは普通の人と感覚が違う火星人なのよ。でもその代わり、地球人にはない素晴らしい感覚を神様からプレゼントされているじゃない? だから普通になれないことを卑屈に思っちゃだめ。火星人として胸を張って生きていきましょう!」と。
叱られても感覚過敏な子は
騒音にしか聞こえない
確かに、たとえば長女と次女には記憶をまるで写真のように、動画のように鮮明に覚えてしまうという特技があったり、また長女には料理をするとき、目で見て味がわかってしまうという感性があります。長男にいたっては飛んでいる飛行機を音だけで機種を言い当てたり、何百人もの群衆の中でもそれぞれの人の言うことを理解するなど、「お前は超能力の持ち主なのか!」と驚いてしまうことすらあったのです。
しかしそれらは感覚過敏といい、実は本人たちには利点よりもストレスのほうが圧倒的に多いのです。またこういう子どもたちは、概して他人の表情を読むのが苦手な子が多いのです。なのでお世辞や皮肉が理解できなかったりします。長女は小学生のときテストで悪い点を取り、先生から「あら、こんなにすごい点を取って」と叱られると、それが皮肉だとわからず、ニッコリ笑って「ありがとう!」と返したそうです。
こういうことはすべて、一見すると性格が悪い、しつけがなってないと思われてしまいます。けれどそれらは心の問題ではなく脳の特性によるものなので、叱っても強く言っても無駄です。実際感覚過敏の子は、強い言い方では言葉として認識できないそうです。車や工事の騒音にしか聞こえないのです。ですから叱ったり強く言うのではなく、親子で工夫して、「どうしたらできるだろう?」と考えるしか方法がないのです。
たとえば次男は犬の散歩が彼の仕事でしたが、「散歩に連れていきなさい」と言っても少しも動こうとはしません。以前なら反抗しているのか、それともふざけているのかと叱ってしまうところですが、ふと思いついて犬の散歩を絵に描いて見せてみました。すると「うん、わかった」とすぐに行動を起こしたのです。つまり彼はときには言葉より、絵で示されるほうが理解できるのです。
絵といえば4コマ漫画『うちの火星人』では妻はワッシーナ(鷲)、長女はニャーイ(猫)、長男はウルフー(狼)、次女はリスミー(リス)、次男はウッシーヤ(牛)とそれぞれに動物のキャラクターづけをしてイラスト化していますが、これも自分と相手の特性を理解するのに役立っているようです。たとえば長男は約束や時間を厳守し、急な予定変更が苦手です。逆に次男は超スローモーなおっとりタイプ。兄はそんな弟にときにカッとし、弟は大声で叱られてパニックを起こすということもしばしばでした。しかしそれぞれの特性を漫画にし、「お前の弟は牛だから、怒っても腕ずくでも決して動いてはくれないよ」と伝えることで、お互いをより理解し合えるようになりました。
家族全員が生き生きとした
早寝早起きの習慣
こんな火星人一家の我が家の住人にとって、外の世界はストレスだらけです。なのでせめて家の中だけはシェルターだと思ってリラックスして過ごそうと決めています。感覚過敏の者が多いので、「音楽プレーヤーは酸素ボンベ」と言い、それぞれがヘッドホンで静かな音楽を聴いて過ごします。また長女以外にも自分の体力的限界を見定めるのが苦手な子がいるので、常に早寝早起きを心がけ、意識的に休日を取るようにもしています。
こういった小さな工夫をたくさん重ねていくことで、うちの火星人たちは、誰もが以前よりも生き生きと過ごせるようになりました。元々強い個性の持ち主たちでしたが、その特性が前にも増して輝くようになったのです。幼いころから憧れていた教師という職業に挫折し、一度は強いショックを受けた長女ですが、今は通訳・翻訳・英会話指導にイラストレーターと多方面で活躍を見せ、同時に昨年結婚。この6月には待望の第1子を出産しました。
また映画監督志望の長男は地元沖縄の広告代理店に就職。次女も東京の航空会社にて、国際線CAとして働いています。次男は上の3人に比べ成績が思わしくなく、中学生になるまで小学3年程度の学力しかなかったのですが、高校に入ると突然スイッチが入ったように勉強を始め、先生からは「奇跡です!」と驚かれました。実は彼には字が躍って見えてしまうという特性があり、それを改善すべくさまざまな学習法を試していくうちに、ある日突然成果が表れたのです。
私はこのように発達障害という脳の特性は、工夫と家族の協力で、必ず克服できるものだと信じています。この記事をお読みの方の中にも、我が家と同じようなお子さんをおもちでお悩みの親御さんもおられるかもしれません。そういう子どもは、叱っても強く言っても何も変わりません。けれどどこかに何か、絶対にいい方法があります。どうぞご家族で話し合って、その希望の光を探していただければと思います。
取材・構成・文/東良美季 撮影/tobiraco
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先を照らしてくれる人の話 第1回 呪いの言葉と可能性 〜堀内祐子
この記事は、子育て雑誌『edu』(小学館、2016.3月号で休刊)の別冊『発達障害の子の子育て応援BOOK』(2015年発売)に掲載されたものを版元の許可を得て転載しています。
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