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自閉症の息子と母の暮らしを描いた映画『梅切らぬバカ』が大ヒットしたわけ

【最新情報】
2022年5月11日より、Blu-ray、DVD発売。レンタルも開始!
  
 
2021年11月12日の公開から早くも話題となり、上映館はあっというまに47都道府県に拡大するまでの大ヒットに。なぜここまでヒットしたのか、映画のご紹介とともにさぐっていきます。

 

※和島香太郎監督インタビューは、小学館子育てサイトHugKumに掲載。こちらから。

 

【ストーリー】
山田珠子は、息子・忠男と二人暮らし。忠男は毎朝決まった時間に起床して、朝食をとり、決まった時間に家を出る。庭にある梅の木の枝は伸び放題で、隣の里村家からは苦情が届いていた。ある日、グループホームの案内を受けた珠子は、悩んだ末に忠男の入居を決める。しかし、初めて離れて暮らすことになった忠男は環境の変化に戸惑い、ホームを抜け出してしまう。そんな中、珠子は邪魔になる梅の木を切ることを決意するが・・・。(公式ホームページより)

 
 
高まる「親なき後」への関心
 

障害のあるわが子が中年にさしかかり、親も高齢になると「親なき後」のことを考えざるを得なくなります。

50歳を迎えた誕生日にぎっくり腰を起こす自閉症の忠さん(塚地武雅)。息子を支えきれずに、倒れ込む母親珠子(加賀まりこ)。「このまま、共倒れになっちゃうのかねえ」という珠子のセリフは、身につまされる人が多いでしょう。

「梅切らぬバカ」は、忠さんのグループホーム入居をめぐっておこるさまざまなできごとを中心に、珠子の心情を細やかに描いています。

障害児(者)をテーマにした映画にありがちな奇跡も起こらなければ、ハッピーエンドでもない、といって重々しくシリアスというのでもない。現実を地続きのように淡々と描いている映画です。

どちらかといえば地味な映画であるにもかかわらず、大ヒットし上映する映画館は47都道府県にまで拡大したそうです。その理由は、ひとつには「親なき後」の問題に多くの人が関心を寄せるようになったからでしょう。そしてもうひとつは、やはり珠子を演じる加賀まりこさんの存在の大きさを感じます。


 
 

感極まって涙する加賀まりこさん
 

加賀さんのパートナーの息子さんは自閉症です。自閉症の特性に慣れていて、日常的に接している加賀さんにとっても「梅切らぬバカ」は、現実と地続きといえます。いろいろあってグループホームから戻る忠さんを抱きしめながら「ありがとう」という場面で、加賀さんは感極まって涙を流したそうです。お涙ちょうだい式の映画にしたくなかった監督から「涙は、いらないです」とダメ出しされてしまいますが。

また「ありがとう」というセリフは、最初は脚本になかったとのことですが、加賀さんの強い希望で加えられました。障害のある子をもつ親たちからは、あの場面なら自分も「ありがとう」と口にしたいと言われたそうで、親の気持ちがリアルに映し出された場面でもあります。

加賀さんは1943年生まれの78歳。珠子と同世代です。重度の障害を抱えた子の年配の親の感じがとてもよく出ていました。若い頃は、苦悩し、傷つき、絶望もしたけど、時間の経過とともに生々しい傷が洗い流されて今がある。サバサバとしてみえるけれど、ふとした折に見せる陰り。親の会の年配者で見かけるタイプです。

忠さんの父親が植えた梅の木を見上げながら珠子は言います。

「(父親は)うちでは死んだことになっているから」と。この一言で珠子がひとりで息子を育ててきたことがわかります。夫であった男は、自閉症の息子を見捨てたともとれます。でも珠子は息子の忠さんには梅の木を父親の化身として「父さんが見ているよ、悪いことはできないよ」と諭します。それを信じている忠さん。だからこそ、梅の枝が切られそうになるとパニックを起こします。耳をふさぎ悲鳴を上げる忠さんを抱きしめながら梅の木を見上げる珠子。切ない場面です。

隣に引っ越したきた里村家とは、最初はトラブルがあったり、里村家の主人が忠さんを疎ましく思っていたりしていましたが、少しずつ関係が変わっていきます。この関係の変化も映画の見どころのひとつです。

実在する人物がモデル

映画制作にあたっては、自閉症の子をもつ親たちに取材を重ねてきた和島監督。じつは、ご自身、てんかんの持病があります。障害のある子の親を描くのに参考にしたのは、自閉症の子を持つ親たちだけではなく、監督の昔からの知り合いでてんかんの子をもつ親たち。自閉症とは違いますが、やはりまわりからの理解を得るのが難しい病気を抱えた子の親という点では共通しています。実際に珠子のような人もいたそうです。珠子は占い師ですが、人生相談のようなこともしています。珠子にイメージをだぶらせた人も、ご自身の体験を話しながら、親たちの相談にのっていたといいます。人の相談にはのるけど、自分の悩みを話す相手がいなかったところも映画の珠子と同じです。

映画自体はフィクションですが、映画が現実と地続きにみえるのは、登場人物が限りなく実在する人物に近く、エピソードもまた実際に監督が見聞きしたことが活かされているからでしょう。

たとえば、グループホームでの出来事。

映画に登場するグループホームは、食事の際に利用者がひとつのテーブルを囲んで、その日のメニューを読み上げるのが習わしです。でも、そんなことは意に介さず自分のペースで食事をとってしまう忠さん。トイレも他の人に譲ることはできずに、使用中のドアを叩き続けてしまいます。特性のあるもの同士が暮らす難しさがリアルに伝わってきます。

グループホームを取材した監督は「和島さんだって、知らない人とトイレや風呂に入るのはどうですか?」と問われ、当初、グループホームに忠さんが入ることができてハッピーエンドにしようとしていた路線を変更したそうです。

実際、グループホームを「ついの住処」と考えている人は少なく、ホームが合わなくて退去し次を探すというケースが多いのだとか。
 
 

ドキュメンタリーで描けなかったことを「梅切らぬバカ」で
 

グループホームの存在に抗議する人たちもまた監督の体験に基づいて描かれています。

監督は、以前、自閉症の男性のドキュメンタリー映画に編集としてかかわっていました。映画制作のスタッフには優しい男性が、近所では必ずしもそうではなく、迷惑行為ゆえに地域の人たちとトラブルを起こしていることを知ります。地域住民の苦情を聞いた和島監督は、互いが歩み寄ることの難しさに直面。このドキュメンタリーで伝えたくても伝えることのできなかった地域住民を「梅切らぬバカ」で描きました。


 

幟(のぼり)を立ててハンドマイクで叫ぶだけのステレオタイプな登場のさせかたではなく、抗議する人たちの日常も描いているところに監督の映画に込めた思いが映し出されています。

インタビューで監督は次のように語っていました。
「抗議する人たちは特別な人ではなく、どこにでもいる人。我々と地続きにいる人たちなんです。地域で暮らしてきた人たちにはその人の歴史があり、背景があります。譲れない事情があるなら、それは何か。そこを互いにオープンに話し合うことができたら」と。

この映画に答えはなく、映画の続きは観る人に委ねられているように思います。無理に答えを提示しないところもまた、現実と地続きです。わかりやすい答えなどだれも持ち合わせていないというのが現実なのですから。ただ、この先、珠子と忠さんはどのよう暮らしていくのだろうかという課題が、映画を観た後に、浮かびあがってきます。そこが問われている映画でもあるわけです。
 
 

追記:47都道府県での上映決定!に対して、和島監督のツイート「この映画に登場するような親子は全国のどこかにいます。解決できない問題を抱えて孤立しています。全国上映に伴い、地域と福祉の役割について話し合える場が広がることを願います」

写真/©2021「梅切らぬバカ」フィルムプロジェクト
構成・文/tobiraco編集室
 
 
 

『梅切らぬバカ』大ヒット上映中 シネスイッチ銀座ほか47都道府県で上映
監督・脚本:和島香太郎
出演:加賀まりこ、塚地武雅、渡辺いっけい、森口瑤子、斎藤汰鷹/林家正蔵、高島礼子…ほか
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/
銀座シネスイッチで、障害のある方や小さなお子さん連れの方が気兼ねなく鑑賞できる「フレンドリー上映」実施中
詳しくは、こちらからをご覧ください。
https://happinet-phantom.com/umekiranubaka/jouei.php