眼鏡で子どもが変わる
正しく見えたら、「できる」「わかる」が増えた (前編)
〜ドイツマイスター眼鏡院と学習支援塾の先生に聞いた、左右の見え方のズレが引き起こす深刻な問題〜
ドイツマイスター眼鏡院(東京・青山)は、視機能を矯正する眼鏡をつくる眼鏡店。眼鏡づくりが医療行為とみなされているドイツで学び、国家資格を取得した中西謙太さん、広樹さん兄弟が開業しました。
「ドイツマイスター眼鏡院で眼鏡を作ったら読み書きの困難が改善された」
保護者からの情報に、学習支援教室「そらともラボ」(東京・狛江)は、「見え方」に問題を抱えていそうな子どもたちに「ドイツマイスター眼鏡院」を紹介しています。いったい、どのような変化があらわれるのでしょうか。
中西広樹さんと「そらともラボ」講師の藤城祐子さんにお話をお聞きしました。
わぁ、点字ブロックってデコボコしているんだ!
―――読み書き困難を抱えた子が、ドイツマイスター眼鏡院で作った眼鏡をかけて改善されたと、うかがいました。眼鏡をかけたときの子どもたちの反応を教えてください。
中西 「ここの壁って、模様じゃなかったんだ」と驚いた子がいましたね。店内の壁紙には凹凸があって、その陰影が模様になっているのですが、平面に描かれた模様に見えていたようです。立体的に見えていなかったのです。
藤城 歩道の点字ブロックに驚いた子もいました。「うわあ〜、こんなデコボコしているんだ!」と。踏んでいるからわかっていそうなものですが、あの凸凹が見えていないから気づいていなかったんですね。
中西 読み書きが苦手な子のための、リーディングルーラー(※)などがあります。でも、まず左右の目で焦点を合わせて正確に見えるように矯正しないと、支援ツールは役に立ちません。見え方を正すと、ノートに書く文字も格段に変わります。自分に合う眼鏡をかけただけで、それまで大きさも位置もバラバラだった文字が、きちんとマス目に入るようになります。筆圧まで安定してきますからね。
※リーディングルーラー・・・細長い透明の窓つき定規。読みたい行にだけあてがい、他の行が目に入らないようにする支援ツール。
藤城 本当に、これにもびっくりしました。
左右の目で見たモノのズレが問題
——— 一般の眼鏡店でも視力を検査して眼鏡を作りますが、ドイツマイスター眼鏡院で作る眼鏡は何が違うのでしょうか?
中西 視力は、モノを見る上で絶対に必要ですから、まずは視力を眼鏡で調整して100%のパフォーマンスを発揮できるようにします。しかし、左右ともに視力が1.0の値となったとしても、左右の目からの視覚情報が大きくズレていると、正しく見えていることにはなりません。視力ではなく、「視機能」に問題があるわけです。
視機能を検査して、ズレを矯正する眼鏡を作るのが、私たち「ドイツマイスター眼鏡院」です。
——— 左右の目から見えるズレについて、もう少し詳しく教えていただけますか。
中西 モノを見るときは、右目で得た情報が左脳に入り、左目で得た情報が右脳に入り、脳内でひとつの画像にまとめられます。このプロセスに大きなズレが生じてしまうのが問題なのです。
左右の目は離れているので、若干の情報のズレは誰にでもあります。脳に負担のない程度のズレですが、大きくズレていると視界がぼやけて見えたり、はっきり見えていなかったり、集中して見ていると頭が痛くなったりして、生活の質が落ちる状態となります。
よく見えていないだけの子も、日本ではディスレクシアに
藤城 「左右の見え方にズレがある人がいる」と中西さんのお話をうかがって、思い当たる子がいました。私の塾に通っていた5年生です。
しょっちゅう目をこすっていて、とても見えにくそうにしていました。ものすごく目に負担がかかっているように思えたので、お母さんに「もしかしたらちゃんと見えていないのかもしれませんよ」とお伝えして、中西さんの店をご紹介しました。
中西 検査してみたら、相当強度にズレていましたね。よく、今までこれでよく生活できていたなと思うほどでした。
藤城 中西さんの店で検査を受けられたお子さんのお母様がたは、皆さんとてもショックを受けるんです。わが子がちゃんと見えていなかったのに、今まで気づいてあげられなかったと。でも、お母さんが悪いわけではないのです。
学校の教員はもちろん、眼科でも眼鏡屋さんでも気づかれなかったわけですからしかたないですよね。ただ、私たち大人は、その見えない状態で何年も苦労していたその子の大変さをわかってあげなければいけないと思いましたね。
中西 そうですよね。
藤城 私の教室のある市には、6校の小学校があります。各校から教室に通ってくる子だけで40人近くがドイツマイスター眼鏡院の検査で問題が見つかりました。
ということは、全体で考えるとかなりの数の子どもたちが、実はきちんと見えていないのかもしれないな、と危惧しています。もしかしたら、世の中のディスレクシアだと思われている子どもたちの中に、同じようにきちんと見えていない子がいっぱいいるのかもしれませんね。
中西 ドイツの小学校の就学健診では、一般的な視力だけではなく、視機能も含めた「見え方」をていねいに検査をします。視機能に問題があれば、その時から眼鏡をかけるようになります。ですから、日本と違って、正しく見えていない読み書き困難な子はいません。ドイツで読み書き困難なディスレクシアの子は、真の意味のディスレクシアです。
ドイツでは眼鏡づくりを医療行為と位置づけています。眼鏡が作れるのは、ドイツ国家公認眼鏡士マイスターだけ。13世紀から続く伝統ある国家資格です。国家公認眼鏡マイスターの取得は極めてハードルが高く、眼科領域に関わる医学知識はもちろんのこと、光学物理、スポーツ光学、解剖学、薬学、心理学、経営学、教育学など広範囲に学ばなくてはなりません。取得までには10年近くかかります。日本人で3人目の取得者が中西さんの兄の謙太さん、4人目が広樹さんです。
写真/五十嵐 公 取材・文/仲尾匡代 構成/tobiraco編集室