先を照らす人の話 

「できないこと」をがんばるより、
「できること」を伸ばせばいい<後編>

 
周期性嘔吐症という病気があり、中学は特別支援学校に進学した高梨智樹さんは、当時の担任のすすめで「識字障害」の診断を受けました。そして、高校受験は合理的配慮を受けて試験を受けています。障害者差別解消法の制定により、合理的配慮が義務付けられたのは2016年春のこと。智樹さんの高校受験は、その直前でしたが、法整備を見越して各自治体で準備が進んでいて、神奈川県での第一号だったそうです。その経緯などについて、引き続きお話を伺いました。
 

ドローンを操作する高梨智樹さん。

 
「ハンディがあるから受験は不利? 今はそんな時代ではないんですと、先生に諭されました」
 
 

―――智樹さんは、特別支援学校から県立の定時制高校に進学なさっていますが、この学校を選んだ理由は?
 
智樹 僕が通った学校は、定時制といっても夜間ではなく二部制で、午前の部と午後の部があり、それぞれが重なる時間に合同で部活をやるという学校でした。僕は体力的に毎日朝から夕方まで勉強する自信がなかったので、卒業までに4年かかるけど、1日の授業時間数が少ないこの学校を選びました。
 
朱実 学校を選ぶにあたっては、特別支援学校の先生がたくさん候補を見つけてくださって、学校見学にも行きました。私立高校なども見学しましたが、この高校が智樹にはあっていると思いました。ただ、ちょうど不況の影響などもあり、その高校の競争率が県下で1番になるほど高くなり、大丈夫なのか?と心配しました。

 
―――受験の際には「合理的配慮」を受けられたそうですが、その制度をご存知だったのでしょうか?
 
朱実 いえ、ぜんぜん知りませんでした。そもそも文字の読み書きが難しい智樹は高校受験ができると思っていませんでした。だけど、特別支援学校の先生から「智樹の学力をちゃんと試験してもらうために、配慮を受けられる」と聞いて、そんなことができるのか!と驚きました。
 
―――配慮を受けるには、まず智樹さんに「識字障害」があることを学校に伝えることになりますね。
 
朱実 そうなんです。私はそれまで、智樹の障害のことは進学先には何も言わないで隠しておいた方がいいのでは?と思っていたんです。ハンディをもらう時点で不利になるのでは? 正直に言うと、受験しても不合格になるのでは?と思っていました。だけど、担任の先生から「お母さん、今はそういう時代ではないんですよ」と諭されました。
 
 

母・朱実さん

 

「(先生の提案の通りに)勉強していくと、どんどん勉強がわかるようになりました」(智樹さん)

 

―――ご著書の中にもありましたが、担任の宝子山(ほうしやま)先生は智樹さんに識字障害があることに気づき、診断につなげてくださった先生ですね。智樹さんにあう学習法も見出してくださって、小学校時代の学習の遅れを取り戻すことができたそうです。
 
智樹 それまで僕は勉強ができないんだと思っていましたが、宝子山先生と勉強をしていくなかで、どんどん勉強がわかるようになりました。文字が書けないならパソコンで打てばいい、計算はできなくても考え方がわかっているなら、計算部分は電卓を使っていいと、いろいろ提案してくれました。
 
朱実 智樹は高校1年生の時に、東大先端技術研究所がやっている「DO IT Japan」というプログラムに参加していますが、そこに推薦してくれたのも宝子山先生です。先生が智樹にいろいろな道を作ってくださいました。
 
―――高校受験もそうだったんですね。
 
朱実 それまで、私は学校でも病院でもルールがあって、そこに通うためには、合わせないといけない。ルールに従えない人は入れてもらえないと思っていました。だけど、障害があることを伏せなくても、「(障害が)ありますけど、受験させてね」と言えるとわかって嬉しかったです。そうわかって、気持ちがずいぶん楽になりました。
 

父・浩昭さんと

 

「(受験の)合理的配慮は、保護者の力だけでは難しいと感じます。担任や校長先生に相談し、進学先に交渉してもらうのほうがスムーズ」(朱実さん)
 

―――受験の合理的配慮とは、いつ頃から、どんな申請をするのでしょうか?
 
智樹 僕の場合は中学3年の夏休み頃から、僕と担任の先生、または僕と親とで高校に相談に行きました。ちょうど神奈川県が合理的配慮について検討を始めていた頃で、特別支援学校の校長先生が県の教育委員会ともやりとりをしてくれ、何回か交渉に行きました。
 
朱実 智樹の時は、まさにこれからという時代だったので、今のお子さんたちのほうがもっとスムーズに行くのかもしれませんね。
 
―――智樹さんの場合は、どんな配慮を希望したのですか?
 
智樹 僕が望んでいたのは、代読と代筆と時間延長。あと、できれば電卓とパソコン使用も許可して欲しかったです。交渉を重ねたのですが、結果、認められたのは代読と時間延長のみ。問題は読んでもらえるけど、回答は自分で紙に書くというもので、時間延長は10分間でした。当時としてはかなり進歩でしょうが、正直、中3の夏からでは準備が遅かったかなと思っています。中2の夏くらいから相談しておけば、もしかしたら全部認められたかもしれません。
 
朱実 合理的配慮についての交渉の仕方などは、東大先端技術研究所の先生たちも相談に乗って下さいました。「必要なら交渉に立ち会う」とも言ってくださり心強かったです。特別支援学校の担任の先生もそうですが、智樹はたくさんの素晴らしい方たちとの出会いがあり、今があると感謝しています。
 
―――合理的配慮を受ける際の心得などあれば教えてください。
 
朱実 正直、保護者の力だけでは難しいのかな?とも感じています。親子だけで進学先に行って交渉しても受け入れてもらえるのかは疑問です。うちは特別支援学校の担任も校長もとても協力してくださいましたが、まずは在学中の先生によく相談したほうがいいでしょうね。そこから進学先に交渉してもらうほうがスムーズなのでは?と思います。
 
―――今はスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーが配置されている学校もあるので、そういう専門職に相談するのもいいかもしれませんね。ありがとうございました。
 

 
 

<前編>は、こちら
 

取材・構成・文/江頭恵子 撮影/渡邊 眞朗

 


 
文字の読めないパイロット 識字障害の僕がドローンと出会って飛び立つまで』(高梨智樹 イースト・プレス 2020年8月13日 1,300円+税)
 
トビラコのサイトでも紹介しています。こちら。

高梨智樹さん

たかなし・ともき

1998年神奈川県生まれ。小学校から読み書きの遅れが生じる。

本人の希望で特別支援学校の中学部に進学。識字障害の診断を受ける。定時制高校に進学。東京大学先端科学技術研究センター(先端研)の「DO-IT Japan」

プロジェクトに参加。中学時代に「ドローン」の映像をみて衝撃を受けて以来、部品をインターネットで取り寄せながら組み上げるなどして、ドローンの世界にのめり込んでいた。2016年ドローンの国内大会で優勝。その後、ドバイ世界大会、韓国世界大などに出場し実績を積む。18歳で父親とドローンの操縦・空撮会社「スカイジョブ」を設立。空撮機からレース機、産業用の機体までさまざまなドローンを使いこなすほか、警察への講演会や新型ドローン開発のテストパイロット、災害時の情報収集への協力など活動は多岐にわたる。TBS系ドキュメンタリー番組「情熱大陸」で紹介されて話題となる。著書(聞き書き)に『文字の読めないパイロット 識字障害の僕がドローンと出会って飛び立つまで』(イースト・プレス)がある。

 

スカイジョブ 合同会社

 

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