トビラコ店主からあなたへの手紙 

良き支援者と出会うために

良き支援者とは、どのような人でしょうか。子どもと呼吸を合わせ、ともに喜び、ときには言いにくいことも伝える。そして、必要なときには次の支援へとつなぐ。「希望を処方する」という言葉から、支援すること、伴走することについて考えます。

医師が患者に処方するのは「希望」である。

精神科医・中井久夫さんの有名な言葉です。

「希望を処方する」。良い言葉ですよね。障害のある人を支援する人たちの間でも使われています。

良き支援者とは、「希望を処方」してくれる人なのかもしれません。

支援と訓練は違う

先日、あるベテラン言語聴覚士の方の研修会に参加しました。

言語聴覚士、作業療法士、特別支援学校の教師など、いわゆる「支援する側」の人たちの研修会です。研修会のキーワードとなったのが、「希望を処方する」でした。

支援者ではない私が参加すると、「いい支援者」とは、こういう人のことをいうのだということが、よくわかりました。

この研修から得たものを、いくつかお伝えします。

冒頭にご紹介した中井さんは、患者から予後について聞かれたとき、「私(医師)と家族とあなたの三者の呼吸が合うかどうかによって決まる」と答えるそうです。

つまり、三者の息が合うかどうかで、「いかようにも変わりうる」というわけです。

医師を支援者に置き換えると、支援者も相手と呼吸を合わせることが大切であり、それによって、いかようにも変わりうるということです。

心に残った支援者とは

「療育」を例にとってみます。

その日に決められていたプログラムがあっても、部屋に入ってきた子どもの様子を見て、内容を変えることができる支援者は、子どもと呼吸を合わせているといえます。

子どもの様子に関係なく、「本日のプログラム」をこなすことに注力してしまうのは、呼吸を合わせていません。療育ではなく、「訓練」になってしまいます。

たくさんのプログラムをこなすために、日々、あちこちの療育施設に通っている子を見ると、どうしても「訓練」を思い浮かべてしまうのです。

子どもと呼吸を合わせるとは、子どもに伴走することともいえます。

ある親の会の方から、こんな話を聞いたことがあります。

重度の自閉症のある娘さんが、幼稚園に通っていたころのことです。

「もっとも心に残っている保育士さんは、障害についての知識はあまりありませんでした。でも、娘と一緒に悔しがったり、喜んだりしてくれて、いつも伴走してくれていました。その保育士さんに、ずっと支えられてきたように思います。娘も私も、いまでも一番好きな保育士さんです」

知識だけではなく、子どもと一緒に悔しがり、喜ぶ。その姿勢が、子どもと親の心に残り続けているのだと思います。

「先生を、一生恨みます」

「希望を処方する」とは、耳ざわりのいいことだけを伝えることではありません。

ときに、支援者は、その子の限界や難しさを伝えなくてはなりません。親としては、わが子の限界を受け止めるのは、とてもつらいことです。

限界を伝えた支援者を恨むこともあります。限界を伝える支援者より、自分を慰めてくれるだけの支援者にすがりたくなるかもしれません。

でも、慰めるだけでは、何も解決しないのです。

良い仕事をしているベテラン支援者ほど、親から「一生、先生を恨みます」と言われているそうです。

それでも長い目で見ると、「あのときは先生を恨んだけれど、結局、これで良かった」となることのほうが多いのです。

「希望を処方する」に置き換えると、「限界はあるかもしれない。けれども、三者(子ども本人、家族、支援者)で呼吸を合わせて取り組めば、いくらでも変わりうる」ということになるのだと思います。

呼吸を合わせるとは、そのようなことではないでしょうか。

きれいごとを並べて、うわべだけを合わせるのではない。この子が少しでも成長するために、ときに言いにくいことであっても伝え、長きにわたってつきあってくれる人こそ、良き支援者です。

支援者は家族ではない

呼吸も合い、ともに子どもの成長を喜び合える支援者に出会えるのは、幸運なことです。

でも、ここでひとつ考えておかなければならないことがあります。支援者との距離です。

支援者に、一生頼り続けることはできません。

支援の向かう先は、その子の自立です。

ともに子どもの成長を喜び合った仲だったとしても、家族ではありません。いずれ、別の支援が必要になるときがきます。年齢とともに、必要な支援の内容も変わるでしょう。

支援者の側からすると、上手に手を離し、次の人へバトンを渡すことも、大切な仕事です。

「この子は、私でなければダメ」という支援者は、プロではありません。

赤ちゃんを抱っこするような強い援助から、徐々に、自発的な行動を見守る弱い援助へ。援助のあり方も、援助する人も、子どもの年齢とともに変わります。

手離れの話は、支援者が知っていればいいことかもしれません。でも、支援される側が距離感を間違えて、せっかく築いた関係が壊れてしまうのは、もったいないことです。

いずれ別れるときがきたら、次にまた「希望を処方してくれる人」を見つける。その繰り返し。

子どもは、さまざまな「希望を処方してくれる人」たちに支えられて、成長していくのではないでしょうか。

この記事は、2026年8月29日配信、tobiraco通信vol.330「良き支援者と出会うために」をもとに、サイト記事として再構成しました。

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