トビラコ店主からあなたへの手紙 

知的障害のある子の心のケア

言葉にできない不安や悲しみを抱えている知的障害のある子。行動やスキルの問題としてとらえる前に、その子の心の声に耳を傾けること。特別支援学校での心理支援の事例から、心の回復を支えるものについて考えます。

私たちは、心の不調とうまく折り合いをつけながら、日々を過ごしています。日常生活に支障をきたすほど折り合いがつけられないときには、カウンセリングを受けるなどして、心をケアすることもあります。

心の不調を抱えるのは、知的障害のある子(人)も同じです。

見過ごされがちな、知的障害のある子の心の不調

知的障害のある子の心の不調は、ソーシャルスキルトレーニング(SST)が不足しているからだと考えられることがありました。いまでもSSTに熱心な先生たちは少なくありません。

しかし、社会生活のスキルと心の問題は別です。

特別支援の現場には、知的障害のある子や、知的障害のない発達障害のある子に必要なのは、SSTだけではなく、心の解放や自己肯定感を高めることだと考え、子どもたちに接している先生たちがいます。

近年注目されている、発達障害・知的障害のある子の「余暇活動」も、心の問題の一環として考えることができるのではないでしょうか。自分の好きなことをして余暇を過ごすことが、心の不調との折り合いをつける助けになります。

思春期は、知的障害があってもなくても、心が不安定になります。強いこだわりがあったり、自分の気持ちをうまく伝えられなかったりする知的障害のある子の心の大きな揺れには、よりきめ細やかな支えが必要です。

特別支援学校で行われている心のケア

『知的障害のある人への心理支援 思春期・青年期におけるメンタルヘルス』(下山真衣編著/学苑社/2022年)は、知的障害のある子への心のケアについて書かれた、数少ない本です。

本書に登場する特別支援学校のスクールカウンセラーが、どのように子どもたちをケアしているのか、二つの事例をご紹介します。

会話と好きなことが、安心できる時間をつくる

特別支援学校高等部1年生のAくんは、完璧主義でした。

職場実習に電車の遅れで遅刻してしまい、そのことを職場の人にうまく説明できず、注意されてしまいました。相手はそれほど強く言ったわけではありません。それでもAくんは、「もう就職できない」と思い込むようになりました。

通学中にも、また失敗するのではないかと不安になり、やがて校門で足が止まり、ついには不登校になりました。

その後、Aくんは、スクールカウンセラーが学校に来る日だけ別室登校をするようになりました。

Aくんは会話への意欲は高いのに、話題はいつも同じだったそうです。知的障害のある子(人)には、人と話したいのに話題を見つけられず、いつも同じ話になってしまい、周囲からうるさがられてしまうことがあります。

そこでスクールカウンセラーは、会話のきっかけに「トーキングゲーム」を活用しました。トーキングゲームは、カードに書かれた質問に答え、周りの人はその話を黙って聴くゲームです。

これまで話したことのない話題や、自分のことを話せることで、Aくんは満足した表情になったそうです。トーキングゲームが、会話の幅を広げました。

さらに、Aくんの好きなものを集めたスクラップブックも、カウンセラーと一緒につくりました。

会話を楽しみ、好きなことをして過ごす。そんな安心できる環境のなかで、Aくんは実習での「失敗」に、徐々に固執しなくなっていきました。

失敗を振り返る前に、まず安心

何か失敗したとき、私たちは「あのとき、どうすればよかったと思う?」と聞きがちです。

でも、このスクールカウンセラーは違いました。

Aくんが安心できるようになったとき、初めて「そのとき、どんな気持ちだった?」と、感情に焦点をあてて話を聞きました。

まず安心できる環境があって、初めて、そのときの気持ちを吐き出すことができるのです。

学校で問題が見えなくても

Cさんは、特別支援学校中等部2年生。生理が始まり、情緒が不安定になりました。

学校ではそれほど問題が見られなかったCさんですが、家庭では突然泣き出したり、物を投げたりするようになり、保護者がスクールカウンセラーに相談しました。

Cさんは、スクールカウンセラーと交換ノートのやりとりを始め、徐々に自分の気持ちをノートに書くようになりました。

そのやりとりから、Cさんは学校で自分を抑え、相手に譲ることをよしとしていたこと、自分を抑えないのは「わがまま」だと感じていたことがわかってきました。

カウンセラーは、自分の気持ちを話すことは、わがままではないと伝えました。

Cさんのお気に入りは、カウンセラーが廊下にかけていた「見る目をかえる 自分をはげます かえるカード」でした。

ネガティブに思える言葉が書かれたカードを裏返すと、見方を変えた言葉が書かれています。

たとえば、「わがままだよ」と書かれたカードを裏返すと、「自分の意見をはっきり言えるね!」と変換されています。

Cさんは交換ノートに、自分のマイナスに思える面とプラスの面の両方を書き出し、「自分にもよいところがある」とカウンセラーに報告しました。

この事例では、保護者、担任の先生、スクールカウンセラーが一体となってCさんを支援しています。

Cさんは、学校ではそれほど問題がないように見えていました。でも、それは「わがまま」と思われたくなくて、自分の気持ちを抑えていたからでした。

Cさんの気持ちを知った担任は、その後、なるべくCさんの希望をくみ取るようにしたそうです。

家庭での子どもの様子に困ったとき、このように担任の先生に相談し、スクールカウンセラーにつないでもらう方法もあります。

規則正しい生活で、心の不調から回復

もう一つ、母親の死をきっかけに心の不調を抱えた、知的障害のある男性の事例をご紹介します。

男性は母親と二人で暮らしていましたが、母親の死後、一人暮らしになりました。生活が乱れ、心の状態も悪くなっていきます。

男性は同僚に連れられて受診します。カウンセラーがまず行ったのは、生活の立て直しでした。

規則正しい生活に戻ると、男性は、

「母ちゃんが、戻ってきたみたいだ」

と、涙を流しました。母親と暮らしていたときの生活が、よみがえったのでしょう。

その後、男性は、障害者雇用に理解のある大きな農家で働くようになりました。男性は植物が好きで、母親とよく植物に水やりをしていました。その経験が仕事に結びついたのです。

ここからわかるのは、男性が、規則正しい生活と自分の好きなことを、すでに知っていたということです。

カウンセラーは、これを「母親の心の遺産」と名づけていました。

とかく「親なきあと」の問題だけに関心が寄せられます。でも、「親あるうち」にできることも、たくさんあります。

それは、日々の生活そのもの。「生きる」ことにつながる、大きな遺産ではないでしょうか。その遺産が、子どもの心のケアのよりどころになりました。

障害があっても、心の健康は同じように大切

本書によると、知的障害のある子(人)へのカウンセリングは、日本では欧米に比べて30年遅れているそうです。

その背景には、知的障害のある人を、どこか「守られるべき存在」とだけとらえ、その人自身の心については、あまり考えてこなかったことがあるのではないでしょうか。

WHO(世界保健機関)は、メンタルヘルスを、生活上のストレスに対処し、自分の能力を発揮し、よく学び、よく働き、地域社会に貢献できる「心の健康の状態」と説明しています。

障害があっても、なくても、この考え方は同じように大切なはずです。

参考資料:『知的障害のある人への心理支援 思春期・青年期におけるメンタルヘルス』(下山真衣編著/学苑社/2022年)
参考:WHO「Mental health」

記事に登場した道具

きいて・はなして はなして・きいて トーキングゲーム

カードの質問をきっかけに、自分のことを話し、相手の話を黙って聴くゲームです。勝ち負けはありません。

見る目をかえる 自分をはげます かえるカード

マイナスに思える面を別の角度から見直し、自分を肯定する言葉に出会うためのカードです。

この記事は、2024年6月22日配信、tobiraco通信vol.240「知的障害の子の心のケア」をもとに、サイト記事として再構成しました。

「tobiraco通信」(無料)は、原則毎週土曜配信。メールアドレスだけでご登録いただけます。商品の購入や会員登録は必要ありません。いつでも解除できます。

登録は、こちらへ。「メルマガ希望」と件名を必ず入れてください。 件名がない場合は届かないことがあります。